2月27日に、東京・北区の滝野川文化センター(滝野川会館内)で第44回自立支援講座を開催しました。講師は人材派遣会社テンプホールディングス株式会社の特例子会社サンクステンプ株式会社の取締役経営管理本部長の井上卓巳氏。
井上氏とNPO法人勉強レストランそうなんだとの関わりは今から約10年近く前にさかのぼります。当法人では数年前まで毎年2~3月に、障害者自らが自分の仕事について話し、就労の模様をビデオ取材して紹介する「話します自分の仕事のこと」というイベントを行ってきましたが、その準備には2~3ヶ月かかりますので、年末にはとっくに登場者が決まっていなければなりません。
ところが2回目を控えた2007年12月末の仕事納めの日になっても、登場する人を求めて理事長の私は片端から特例子会社に電話でお願いするものの、それこそ片端から断られていました。そんな中、お電話だけでの依頼に快く応じて下さったのが井上卓巳氏でした。その後、「話します自分の仕事のこと」の撮影で東京・池袋にあるテンプホールディングス株式会社の自社ビル9Fにあるサンクステンプ株式会社を訪問した時、その広々とした清潔なフロアと様々な障害を持つ人々が粛々と仕事を進める姿に感激したものでした。
話しは戻って第44回自立支援講座で取り上げたテーマは、井上氏がずっと続けてこられた障害のある人々の雇用に関するもの。まずサンクステンプ株式会社の概要説明。続いて求める人材像について、何かが出来るワークスキルもさることながら大事なのはコニュニケーションスキルやソーシャルスキルだそうです。自分なりのやり方で良いから挨拶をする等のコニュニケーションスキルや周囲に不快感を与えない身だしなみに気を遣う等のソーシャルスキルが大切なのだそうです。
雇用する側として心がけていることは、いくつかあるが障害名だけで判断しない、障害のある人は訓練されていないだけで潜在能力を持っているなどの指摘は実に腑に落ちるものでした。特にテクニカルスキルよりヒューマンスキルとの指摘はとても納得するものでありました。
就労の準備におけるポイントは家事を通して「教え」、「育てる」ことが、たとえ時間が掛かっても成長につながる道だという。生活に根ざしたことを教えることが出来るのが家庭での取り組みの利点です7。就労準備における家庭での取り組みの重要性を説く一方で雇用側の指導・育成のポイントもたくさん挙げました。その中で特に重要と思われることを幾つか挙げてみます。
・ルール、マナーは本人にしっかり伝える
・過剰な支援ではなく、必要な援助(人間の学びは70パーセントまでが経験による)
・コミュニケーションの基本は挨拶
・職場に居場所がないことは離職につながる(こうした場合、心の傷を治すのに時間がかかり、次のステップになかなか進めない)
・叱る時は、私情、個人的感情は差し挟まない(出来るだけ人前で叱るのではなく、対面で叱る。ポイントを絞る、その場で、その事実に基づいて、他人と比較することなく、1叱ったら10のアフターケアをとるつもりで)
職場不適応の事例としては
・感情のコントロールが不安定{けんかするとその事を引きずる}
・異性との関係
・金銭管理が不十分
・独居における体調管理の崩れ
だそうです。
その他、その人の特性によって職場で起きる想定外のこととして
・エレベーターのボタンを全部押してしまう
・ホワイトボードに書いてあった誰かの電話番号を暗記し休日にその人にかけてしまう
・シュレッターにかける書類に関心を示してしまう
などがあるそうです。
そうしたことに対して、障害のせいにばかりするのでなく、一人の社会人として本人とよく話して解決していくようにし、その繰り返しの中でだんだんと大人の顔になってくると井上氏はご自身の経験をふまえてお話をした。
その他、仕事に関する意識、今後の仕事に関する意識、ストレス発散方法、健康状態などの意識調査の結果についてのお話がありました。
また井上氏は特例子会社の経営陣の立場から、親会社の人々にも特定子会社のことを知ってほしいと思っているとのお話がありました。例えばこんなエピソードを一つ紹介しました。「あいさつが大事と教えられている人が静かなオフィスに入り、大きな声であいさつをしたら『うるさい』というクレームがきた。そのことには逆クレームを出した。地域も会社も同様、もっと障害のある人々のことを知って欲しい」と語りました。
長年、障害者の雇用に携わってきた井上氏のお話で印象に残ったのは2つの点。1つは障害があっても雇用した人には社会人としてのマナーを身につけてもらうよう粘り強く接していくということ、もう1点は地域も親会社も自分とは無関係とは思わず障害のある人々について知って欲しいということです。
障害者の雇用が進んでいる反面、課題も多くなってきています。離職者も多く、働くことへのモチベーションの維持など課題には枚挙のいとまがありません。井上氏の経験を引き継いで発展させていくためにも今回のような講座の必要性は減少することはないと思うのです。(理事長)